Entrance Part2

だらだらダイアリー。心を解き放て

小沢健二『アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)』感想 / 歌詞について

f:id:kmartinis:20180212181001j:plain

わーい!ずっと楽しみにしてた小沢健二の『アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)』がApple Music / itunes で先行配信されてる!

てことで聞きました。

 

Apple Musicで小沢健二『アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)』を聴いた

アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)

アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)

  • 小沢健二
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

センキューApple。センキュー小沢健二。センキュー満島ひかり。ここ数日の疲れを全部放り投げて、楽曲に没頭できた。

新曲『アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)』と、小沢健二×満島ひかりの『ラブリー』の2曲。ラブリーのコラボについてはいつか書こうと思いながらずっと書けずにいたので、そのうち書くね(永遠にこれをやる)。というわけで別エントリで。

 

まずは感想。素晴らしいです。もう何度も聞いた。

僕は1999生まれだから、90年代の空気を少しだけ吸ってる。懐かしさ、とか全く感じるわけがないんだけど、それでも僕は「少しだけ縁がある」と思ってるから好んで90年代の映画や音楽、小説・漫画を観て聴いて読んできた。だから、作品越しに度々90年代の情景を覗いてきたんだ。

Apple Musicには

よみがえる90年代の情景と、未来へ続く希望

とあったけど、僕が想いを馳せるのはオギャーて産声あげた瞬間じゃなくて、これまで触れてきた他の作品、そこからある種の「懐かしみ」を絞り出した。

この曲は岡崎京子原作の映画「リバーズ・エッジ」の主題歌に書き下ろされたもの。二人は旧友だそうで、この曲は彼女の作品(あるいは彼女自身)に当てられているように推測されてる。だから、まず二人はどんな間柄だったのかを知らずに“未来へ続く希望”を感じるのはひどく難しいように思えるから、はじめにここを確認するのがいい気がします。もちろん通過点にすぎないが。小沢健二と岡崎先生の固い絆 | iOkazaki

 

90年代と消費される音楽

1986に膨らんだバブルに陰りが見え始め、崩壊。苦しい生活の中で経済の停滞を感じ、人々は雇用不安を抱えるようになる。その後日本では松本サリン事件だとか阪神淡路大震災みたいな怖い事件が相次いで、不況と社会不安が日本全体を襲った90年代。

そんな頃の音楽。CDが飛ぶように売れミリオンが連発されたCDバブル期でもあった。だからアーティストらはみんなバンバンリリースした。小沢健二が「渋谷系」として親しまれたのも同時期。他のJ-POP同様に強い訴求力でお茶の間に浸透していく。。

 

大衆にとって音楽は「活気づけてくれるもの」となり、クリエイターはより希望的で明朗な音楽を世に放つ。それが売れる。そうやって「消費される」音楽が多く生み出されたのが90年代と僕はベンキョーしたけど、歌詞中の

駒場図書館をあとに
君が絵を描く原宿へ行く
しばし君は
消費する僕と消費される僕を
からかう

これ、ここの「消費する僕と消費される僕」って、自ら岡崎京子の漫画を消費(イメージだとか)し、自らの曲を消費される、という小沢健二本人のことを歌ってるのかなーと思った。

この曲もやはり、岡崎京子の筆のタッチをイメージしたものらしい。ストリングスは“音の線が見えるように”“さらさらと”という理由でカルテットに。作り込まない、を意識したと言ってた。ベースが一音ずつ下がっていくカノン進行が特徴的で、映画を綺麗に〆るためであるようにも思える。

 

話は戻るけど、もう少しカメラを引くと消費社会にさよならを告げているようにも思える。消費社会、資本主義というのは「拡大し続けること」が唯一存続の条件なのでどうしても大量の廃棄なんかが出まくり、それらは川を汚し、僕らをも汚す。

そういうところから、

汚れた川は再生の海へと届く

といったように、再生へと誘ってくれるっていう。だから希望の曲なのだ。

 

私小説みたいな鋭い歌詞

胸を引き裂くような感傷的な歌詞がいい。

電話がかかってくる
それはとてもとても長い夜

明らかに事故の夜を思わせる詩、絶望の中で必死にエールを送り続ける小沢健二の姿がそこにある。その後の

この頃は目が見えないから
手を握って友よ優しく

が堪らなく寂しい且つ眩しいのは、暗中模索状態の自分を振り返りつつも、「いつまでも深甚な友愛を注ぎ続けるよ」という未来の大切な人に送るエールでもあるから。そういう莫大な時間軸上の隔たりのなかで見つけた“希望”が垣間見えるから、僕らはより一層勇気づけられるのだ。

 

緻密な“Voice”パート

後にも書くが、この曲は映画『リバーズ・エッジ』の主題歌のために書き下ろされたもの。そういうわけで、曲中に主演の二階堂ふみ・吉沢亮による“Voice”パートっていうのがあって、これがすごくかっこいい。

 

まず詩。ポエトリー。二階堂ふみの読む詩は僕らにひどくセンチメンタルをもたらす。個人的に「ぐさー!」ってきたのはここで

日比谷公園の噴水が
春の空気に虹をかけ
神は細部に宿るって
君は遠くにいる僕に言う
僕は泣く

拍とるのがむずかしーです。真似しようと思ったらちょっとやそっとじゃカチッとはまってくれませんでした。でも綺麗に「これじゃないとありえない」っていうリズムでポンポンと言えちゃう二階堂ふみ尊敬。そう言えばこの間、古舘伊知郎×二階堂ふみの対談を見て、「飛行機のシートが好きで大きさとか測っちゃう」って話す二階堂ふみに急激に惹かれたのでこのパートは幸せなパート、どうでもいいですね。

 

で次に吉沢亮のラップ。普段ラップを聞かないのであれがラップかは分からないけどきっとラップ。

下北沢珉亭
ご飯が炊かれ麺が茹でられる延々
シェルター

平坦な詩を、平然とした口調で歌っているのにドバドバ感情が乗っていて胸を刺す。俳優ってすごい。ただの情景に頭をガツンと殴られるのはお腹が空いているからじゃなくて、詩から伝わる淡い太陽光が、僕らの胸の深いところに希望を置いて言ってくれるから。『フクロウの声が聞こえる』でも

ちゃんと食べること 眠ること
怪物を恐れずに進むこと

と歌われていたけど、やはり食は力だなと思う。飽食の現代において、食糧難とは無関係の僕たちでも食は「いきる」の源泉であることを知ってるのは、このように歌い継がれているからだろうか。食の断絶はとても恐ろしいしそこに光はない。そういうわけで、ご飯が焚かれたり麺が茹でられたり風景は、脳の深いところに安心をもたらしてくれると思う。これは本能の安心。

 

二階堂ふみ「私、小沢くんって言う日が来るとは思いませんでしたね」

小沢健二 & 峯田和伸

小沢健二 & 峯田和伸

  • Tokyo, Music & Us 2017-2018
  • ノンフィクション

(Tokyo, Music & Us 2017-2018 エピソード2より)

二階堂ふみに「小沢くん」を言わせる小沢健二。これはあれです。戦友である岡崎京子との対話を、彼女の作品『リバーズ・エッジ』主演の二人を介して曲中で可能にしている、です。主演の二人は、他の誰よりもリバーズ・エッジに近くて、リバーズ・エッジの岡崎京子に近いのだから。そういう考えで二人の掛け合いを創っていると思うと胸が熱くなるなー。

はじめて会ったときの君
ベレー帽で少し歳上で言う
「小沢くん、インタビューとかでは
なにも本当のこと言ってないじゃない」

でもごめん、僕はなにもわからない。(ググればいっぱい出てきます)

 

『リバーズ・エッジ』に呼応するメロディ、歌詞を堪能しよう

youtu.be

岡崎京子原作『リバーズ・エッジ』。1980年~90年代にかけて活躍した彼女の「最高峰」とも言われる作品。

そんな作品の主題歌を、同じく90年代を代表するアーティストである小沢健二が歌う。同じ時代を、違うシーンで彩ってきた二人は「戦友」のような関係だったというから、今回の映画のために曲を書きおろす小沢健二は、戦友の何を思っただろう。

そういうことを映画の最後に考えるのはきっと価値あることだし、ますます映画が楽しみになる。エンディングの最後の最後まで、アウトロ、オルガンの一音まで岡崎京子の語りは続き、そこで僕らは希望を与えられるのだろう。『アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)』は、観客のカタルシスを誘う最高のナンバーであることは間違いないのだから。

映画見ました。素晴らしかった

映画『リバーズ・エッジ』感想 - Entrance Part2

www.soredemotbc.com

 

www.soredemotbc.com