それでもつづく!

学生雑記。楽しい文章を書きたい。

“それでもつづく!”

学校をサボった。けれど海には行けなかった。

意味不明なタイトルすいません、けいいちです。

 

今日、学校を休みました。サボったって言うんだろうなぁ。

ただそれだけの話を、備忘録として書いておきます。

 

 

kmartinis.hatenablog.com

 

 

6月5日

はじめに前日の話からさせてください。

 

日中のはなし

ふつうに学校に行きました。

倦怠感が普段よりも酷くて、授業が6時間あるなか5時間はノートも取らずに寝てしまいました。

 

なんども帰ろうかと思ったんですけど、なんとか6時間目までやりきり、自転車で30分弱かけて自宅へ帰りました。

 

帰宅後のはなし

自分にとって、学校がもはや勉強できる環境ではなくなっているため、

「帰ってからは勉強しないと」

と意気込むんだけれど、全くできませんでした。

 

帰って、そのまま二階の自室の布団に入って、起きたのが9時ごろ。

 

ご飯だけ食べて、それから久々にPCでレンタルした映画をみました。

 

ボーとしながら、リビングに降りて言ったのが午前2時前。

弁当箱を洗う必要があったので、流し台の前に立って蛇口をひねり、水で浸しました。

 

ステンレスのキッチン周りに手を置きながら、流れている水を眺めているうちに、涙が出てきて、止まらなくなりました。

 

 

よくわからないけれど、つらい。

 

 

目を覚ました母親がリビングまで降りてきて、

「生活習慣直す気あるの?」「直す気あるならこんな時間に起きていたりしない」

と、怒鳴りました。

 

何もしゃべることがないので黙っていると、洗い物は私がするから今すぐ寝に行け!と怒られました。

 

二階の自室に戻って、一人で泣いていたら下で母親までも泣いているのがわかりました。

 

さらに悲しくなって、申し訳なくなって、眠れませんでした。

 

6月6日

今日の話です。

 

起きない僕を、何十分、下手したら1時間くらいかけて父親が起こしてくれました。

何度起こされているか、いつも記憶がないんだけれど、何十回と起こしに来てくれていると聞いています。

 

いつもの時間に、家に来る友人と二人で学校に向かいました。

 

毎日の登校

ここ最近、どうしても学校に行きたくなくて、両親に相談する機会が増えました。

両親とも、「学校だけは絶対行ってくれ」と言う姿勢をとっていて、話し合いの最後には「なんとか学校に行けるようにしよう」といった形で収まります。

(最近はこれが変わって来て、図書館に行くことも考えてもらっています)

 

そんなわけで、毎日自転車登校しているわけなんですが、登校中必ず思い浮かべることがあるんです。

 

「登校中に気が変わって海まで自転車を走らせて、海沿いの喫茶店でモーニングを食べている自分」

です。ネタじゃなく、マジで。

 

本気でこうしたいなぁ、と思っているので何人かの友人にも話したりしました。

単純に考えて、アホなんですが、

「俺も人生で一回くらいはそう言うのやってみたかったから、今度神社にでも行こうぜww」

みたいに考えてくれるやつもいて、友人に恵まれているように感じます。

 

今朝の登校

友人と信号待ちしている時間に、ものすごくつらくなって、学校に行くのをやめることを考えました。

「今日学校行くのやめるわ」と言うことだけ伝えて、元来た道へハンドルを切りました。

 

他の生徒に会うのも嫌だったので、裏道に入ろうとしたら、お仕事中のおじいさんに声をかけられ、道案内をしました。

「忙しいところごめんねぇ」と謝るおじいさんになんだか申し訳ない気分になって、時間をかけて丁寧に道を伝えました。

 

それから「ありがとうねぇ」と感謝されて、車に乗り込むおじいさんの姿を見て、満たされた気分になって、そのまま帰路をたどりました。

 

海に行くことなんて考える余裕もなく、ただただペダルを漕ぎました。

 

途中、自販機でジュースを買って、公園のベンチに座り、

「本当にこれでいいんだろうか」って考えたんだけれど、やっぱりつらいので帰りました。

 

仕事に出ていると思っていた母親は、まだ家にいるようで、気まずいので玄関にずっと立っていました。

数十分経った頃、玄関が開いて

「なんでここにいるのか」

と聞かれたんですが、学校に行けなかった、としか言えませんでした。

 

 

「今から仕事に出るから、学校に行け。」

「行きたくない」

 

 

そっから父親やら学校やらに電話している母親は、半分泣いていて、苦しくなりました。

 

午後に心療内科へ

通っている心療内科へ父親と行きました。

 

長い間話をして、

 

  • 学校をしばらく休むことを検討する
  • 母親に、「鬱病」の理解をしてもらう
  • 処方されている眠剤を1錠にする(これまでは半錠)

と言うことでまとまりました。

 

特に、二番目の母親に理解をしてもらうことが最も重要で最も難しい話です。

「夜は12時に寝れば、必ず朝6:30に起きれる」という信仰が強すぎるあまり、12時に寝ようとしない僕に怒鳴り、「自分で改善しようとしていない奴が、つべこべ抜かすな」「病院に通う前に、自分で治そうとしろ」と言う考えに至っているのではないか、と先生は話しました。

 

思えば、母親は本当に生活面には厳しくて、初めて心療内科へ行った際に決めた「弁当を洗うことや、洗濯物を収納する作業を両親に手伝ってもらう」ことにも反対して、未だに弁当を洗えと怒鳴るのでした。

「ゲームは1日30分」っていうのも未だに強く言われているから、もうよくわかんない。

 

 

家に帰って来て、両親が話し合っていて、やっぱり母親は納得していなくて

「こんな風に育てて来たわけじゃない」

って泣いてるのが聞こえて来て、これからのことがさらに不安になりました。

 

 

これからどうしよう。

 

 

この記事で何かを伝えたいわけではありません。ただ、日記として残しておかなければならない気がして書いています。

頭悪い文章ですいません…。増田に書けばよかったかなぁ…。

 

 

殊更に、生き生きとした生活がしたいわけじゃない。

なんていうか、、朝起きて、朝飯が美味くて、昼飯も、夜飯も美味しいって感じる生活がしたい。

 

そんなわけで、もう少し悩んでいます。