Entrance Part2

だらだらダイアリー。心を解き放て

映画『リバーズ・エッジ』感想

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「平坦な戦場で僕らが生き延びること」。William Gibsonの“THE BELOVED (Voice for THREE HEAD)” であり、『リバーズ・エッジ』最後のシーンで引用されるほどの重要なテーマでもある。

この街は
悪疫のときにあって
僕らの短い永遠を知っていた

 

僕らの短い永遠

 

僕らの愛

 

僕らの愛は知っていた
街場レヴェルの
のっぺりした壁を

 

僕らの愛は知っていた
沈黙の周波数を

 

僕らの愛は知っていた
平坦な戦場を

 

僕らは現場担当者になった
格子を
解読しようとした

 

相転移して新たな
配置になるために

 

深い亀裂をパトロールするために

 

流れをマップするために

 

落ち葉を見るがいい
濡れた噴水を
めぐること

 

平坦な戦場で
僕らが生き延びること

 

岡崎京子の『リバーズ・エッジ』が映画化された。主演二階堂ふみ、吉沢亮。監督は『世界の中心で愛を叫ぶ』の行定勲。そして主題歌を小沢健二が歌うといった豪華仕様。これは観ない選択肢はないと思って観た。断言しよう、青春映画としては快作である。青春時代に誰しもが抱える葛藤を“90年代”のタームの中で表現し、希望へとつなぐ快作だ。真面目に、だけど気を抜いて書くね。若干ネタバレがあるので未視聴の方は最寄りの映画館に行くように。ただしエログロがあるので一人がオススメです。

 

 

映画『リバーズ・エッジ』感想

痛い。非常に強烈な性、暴力、病。ポップコーンが進まない。というか吐き出しそうになる。ちゃんと自分の体が震えているのが確認できるほど強烈な描写だった。自分はもともとエログロが得意ではないのでアレですが、ポップコーンは買わなくていい気がします。

 

あたし達の住んでいる街には
河が流れていて
それはもう河口にほど近く
広く、ゆっくりよどみ、臭い
河原のある地上げされたままの場所には
セイタカアワダチソウが
おいしげっていて
よく猫の死体が転がっていたりする

河原の周りには柵があって“立入禁止”の看板が備え付けられているのだけど、映画では終始登場人物の入り口として描かれていた。なるほど、立入禁止と入り口、生と死、そういうものが混在し、また反転する場所なのだ。

 

そういう、河原の力強い生と死。それらを引っ掻き回すのが吉沢亮演じる山田一郎。同性愛者であり、河原の死体を宝物として大事にしている。性 / 生、両者に関して抱いている性質や価値観がマイノリティーで、終始ミステリアスな人間として描かれていた。ただ、顔も肉体もめちゃくちゃ美しいがために山田一郎でなく“吉沢亮”に魅力を感じてしまったのだ。あれは素直にヤバイと思う。本当に。

そこに惹かれていくのが、主人公、二階堂ふみ演じるハルナ。自由奔走な性格で、常に非日常的なものを探り、手繰り寄せようとする。友達とのお喋り、節操ないセックス、そのどれもから生を実感する。いろんな消費を重ねながらアンニュイなれど生を実感していく。

 

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だけど山田一郎は違うのだ。死をもってしか、生を実感できない。好きな人と話すことすら難しい。「規範からの逸脱」は、閉鎖的な環境では致命的であるから、いつだって孤独と隣り合わせで、報われなさを抱えている。孤独を抱えている。

「自分が生きてるのかどうかいつもわからないでいるけど、これを見ると勇気が出るんだ」

彼は、河原に転がる死体から勇気をもらうと言う。ひぇぇ。まさに異常であるが、他の登場人物もまた、異常である。暴力、実力行使でしか己を伝えられない観音崎に、その観音崎と身体を重ね続けるルミ、過食症のこずえ、同性愛者の山田に恋愛感情を寄せるカンナ、、。

それぞれの抱える闇が、だんだんと露出していきそのまま絡み合う。やがて起きる事件に彼ら自身がどう向き合い、そしてそれからどう生きるか、そういうのが主題なのです。

 

映画ならではの「ここがすごい」

この映画は4:3の所謂スタンダードサイズ(ブラウン管テレビがこれ?)っていうやつで撮影されていて“時代の閉塞感”や“漫画のコマを意識した”みたいなのが理由らしい。まさに、だった。映像はずっともやもやしていて、鑑賞しながら解放を求めていたから。それがラストシーン、橋の上、横長の構図で映画が終わるので、ここで少なからず安心感というか開放感を感じてしまう。作品の結末にもやもやしようとも、サーっともやもやが引いていく感覚だったから、画面サイズや構図が我々の潜在意識に与える影響は大きいなーと思った。

他におおっと思った点は、長めの顔のアップ(表情で物語るシーン)が何度かあったこと。同性愛者の山田一郎はカモフラージュに女の子と付き合いをしているのだけど、その相手のカンナ(森川葵)がすごかった。もちろん山田から好意を寄せてもらえるはずがなく逆に鬱陶しがられているため、ずっしりと腹に溜まっていくものがあるのだ。その愛情が“いかに狂気に満ちていたか / 歪んでいたか”が映画後半に明かされることになるのだが、それをこちらに分からせる主なシーン(それが前述した顔のアップ)が圧倒的だったのです。すごいなぁ、と。

あ、あと二階堂ふみが脱ぎます。フルで。鼻血がつーぅと垂れてくるのがわかり、焦ります。最近の僕はかなりフランクに鼻血をやるので、ちゃんと焦った。(実際は鼻水でした)

 

垣間見える希望とか

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消費社会。川を汚す工業廃水、もくもくと上がる煙。度々挿入されるこのカットは、消費社会の汚点が、川の淵の高校生らに多大な影響を及ぼしていることを匂わせていた。

歪み、飛び抜けてしまった自尊心が他者を傷つける。それらは時に、時代が助長することもあるのだ。社会が時代を形作り、社会とは接続箇所のない、かといってそれほど離れてもいないあの川の淵にまで、淀みが流れ込んでくる。

落ち葉を見るがいい
濡れた噴水を
めぐること

初めに引用したウィリアム・ギブスンの詩の一節。落ち葉が、外に出られないでいる。それでいて、噴水の中でぐるぐる、ぐるぐると流されている。

「君たちはせいぜい暫時的な生の実感を幾度も重ねながら生きるしかないの」。まるで接続不能なはずの社会から、一方的にそれだけを告げられているような。果たして、全てが終わった後に登場人物が抱えるのは絶望なのだろうか、希望なのだろうか。

 

しかし、ひとえに「陰惨な物語である」と言えないのが面白いところだ。ラストシーン。

僕は生きている若草さんのことが好きだよ。本当だよ。

涙を流す、ハルナ。

ねえ若草さん
海の匂いがしない?

ねえ若草さん
もう一度、UFO呼んでみようよ

海は見えなくて、遠い。けれど必ずこの汚い川の先には海があって、登場人物はそれを必死に求めている。見えないけど、ただ祈り、その祈りは「見えないもの」を呼び寄せるかもしれないのだ。“汚れた川は 再生の海へと届く”と小沢健二が歌うように。(もう一度言うが、ラストシーン、吉沢亮の横顔が抜群に綺麗だった。本当に美しいなって思う)

 

痛み、現代

余談。僕にとって(というか大半の人にとって)登場人物の行動や起こる出来事は非日常的すぎるけど、彼らが感じる“痛み”や“寂しさ”は今の時代にも通づる、普遍的である、だから2018になって映画化されていると思うの。例えば、僕らはインターネットが均された時代に生きているから、社会とある程度接続できてしまうのだ。SNSなんかもあるし。そこにはよくないものが蔓延っていたり、キラキラだらけであったりするから、僕 / 私の方が!って張り合ったりしてる。そこで俗物根性でというか即物的というか、気品を失ったまま必死になってる人をよく見かけるようになったし自分も少なからずそういうところがあったと思ってる。やはりそういった場所で足掻くのは痛く、寂しいよ。そこに生も死も、リアリティーはないのだけれどその実体が見えない状況こそが現代における<リバーズ・エッジ>なのかなーなんて。ありきたりすぎてセンセーショナルのかけらもない気がするけれど。

で、その辺りはこちらに想像を委ねて「これ極端だけど今の時代にも似たようなものあるよね」と端的に観客に伝えるために挿入されたのがインタビューのシークエンスだと思う。違う?「インタビューシーンは不可欠だった!」とは言わないが、あれこそが90年代と現代を繋げてくれる、唯一のカットだと思うのだ。

以上、僕の勝手な感想でした。

 

最後に

青春は、閉じ込められているから。いつだって閉じ込められているから。閉鎖的なコミュニティで自尊心が育ち、歪み、かといって社会と接続することも難しい。だから必死に足掻くことしかできない。

抜け出しようのない消費、退廃、そういう日常で生きること。平坦な戦場。狭くも続く平坦な戦場で、肉体 / 精神、そういう美しくも汚い、また汚くも美しい自分をさらけ出しながら、生きていくしかないのだ。そういうのって今の時代もある。いつの時代もあるよ!その過程で形作られる僕らの「パーソナル」を守ること(フェティシズム含め)、それこそが閉鎖され淀んだ日常<平坦な戦場>で生き抜くための鍵なの。だから生き続けよう。

っていうことを映画『リバーズ・エッジ』とエンディングの小沢健二『アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)』から教えてもらった。アルペジオ、ぐわわわと来るものがあったな。アレがなかったら、映画館でてすぐ右手のトイレでゲロゲロゲロッピーしてたと思う。まさにカタルシス!

 

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