それでもつづく!

学生雑記。楽しい文章を書きたい。

“それでもつづく!”

学校の必要性と、大学進学について、思うことがあるから読んで欲しい

うつになって、学校をしばらく休んで、色々考えました。

 

昼頃に起きて、それからはただ、何もしない時間が流れて、

ぼんやりといろんなことに思いを馳せました。

 

自分は、今学校に通っていない。

学校のみんなは、当たり前のように学校に通っている。

みんなは、学校が終われば、塾に行く。

夜まで勉強したら、次の日も学校に行く。

 

それなのに僕は、、

って初めは自己嫌悪に陥ってたんですが、しばらくして色々疑問が湧いてきました。

 

これまで、学校でいい成績を収めることに力を注いできて、

みんなと一緒に受験勉強をしていい大学へ進学しよう、という僕の考えが変わり始めたんです。

 

教育で育まれた「当たり前」の怖さ

うつになり、心療内科の先生の言葉に救われる経験を経て、「次は自分がこっちの側に回るんだ!」といった、どこまでも人によくしたい欲求に駆られました。

 

それで、何人かの友人の相談に乗って、

「休んで思ったけど、学校に行かない選択肢も意外とありだよ?」

と、助言したんだけれど、みんな決まって

 

「いや、学校は行くけど…」

 

っていう。

鬱になる前の僕を含め、学校に何年も通って、いろんなことを学んだはずなのに、学校から逃げる選択肢は持ってないんです。

 

僕としては、神経すり減らして僕と同じ状況に陥って欲しくない、という強い思いがあるので、強く逃げ道を提示してあげるんですが。

神経すり減らしてたどり着く先に光は一切灯っていないよ!と忠告しても、「学校だけは行かなくちゃ」が思考の先頭に来てしまって、いよいよ逃げ道を失ってしまう。

 

 学校を休んでいいと思ってなかった自分に休む選択肢を与えてくれたのは病院の先生だったし、やっぱり、「みんなと違う」逃げるという選択肢は、誰かが与えてやる必要があるな、と感じました。

と同時に、学校では「大学に進学するため」のことを以外を、教えてもらえないのだろうかと、この時疑問に思ったのを覚えてます。

 

「大学はいく」という決定事項のこと

僕が学校を休み始めてしばらくした頃、友人からあるDMが届きました。

「学校が苦手。行きたくないんだけど、そんなに休むことってできるの?」

 

その子の性格はだいたいわかっていたので、できる限りのアドバイスをしました。

しばらく休んでいたせいで、担任の先生から出席日数や単位について、注意を受けていたので、自分の知っていることなら教えられるよ、と。

 

ある程度の日数を休めることを知った上で、

行きたくない。やっぱり合わない。

 と返事が帰ってきたので、

「学校に行かない」という選択肢を与えることができてよかったなぁ、と安心したら、

 

うちは授業料を払っているから休めるかわからない。
世間体と家の名誉のために大学は出る。

とメッセージが来て、少し悲しくなりました。

 

もう一つ例をあげます。

個人的に、こいつにプログラムを書かせたらきっとすごい才能を発揮してくれるんじゃないか、と思っている友人がいて、

最近、今度webサービスを作ろう、と公園で約束したなんとも青臭い夜がありました。

 

そいつは

将来、会社勤め以外で飯を食いたい 

という願いがありました。

 

自分は幸いにも、ブログをはじめとしたインターネッツで飯を食ってる方々のことをある程度知っている身なので、

 

高校を出てすぐ、二人で何か面白いことをしてみない?

 

と、問いかけたら

大学はいく。というか大学だけは親に生かされると思う

と。

 

ここで、

大学に行く、行かない、で悩んでる人間なんか周りにはほとんどいなくて、

みんな「どの大学に行くか?」から考え始めているんだなぁ

というのに気づきました。

 

みんながみんな、思考の始発点が「大学は行く。どこの?」といった所にあって、おかしいように感じたんです。

 

なぜみんなは、「大学に行かない」という選択肢を持たないんだろう。

(もちろん数人は高卒で公務員になるみたいだけれど)

 

一応自分の通っている高校は、進学校だから?

 

改めて考えてみると、学校教育は、

高校に入った時点で、その高校の方針に沿った教育を受けて、その高校が実績を求めるがために、方針から外れて、フラフラしている人間を、「無節操な!」って突き放しちゃうようなきらいがある。

みんな同じ方向ばかりを向くように、教育されてる。

 

進学校に入学すれば、3年生になったら、当たり前のように模試や大学の情報が入ってきて、みんな思ってもないうちに受験脳になって…

みたいな流れが少しおかしいなって。

 

進学校に入ったんだから当たり前だろ!

ごもっとも。だけれど、高校の三年間ってすごく多感な時期だし、それとなく観た映画や読んだ本にとてつもない影響を受けて

「受験する時間が勿体無い、今すぐこうしたい!」

みたいな、大学進学以外の道を考える人がいてもいいんじゃないかって。

 

これは進学校だけじゃなくて、工業高校でも言い換えることができると思います。

 

工業高校に入学したら、みんな知らない間に「3年生になったら就職先を探すんだ!」っていう脳になってる。

あるコンテンツに影響を受けて、「大学に行った方がきっと面白い!」と考える人が多くいてもいいはずなのに、就職率が90%後半。

 

これってすごくおかしくない?っていう思いがこのエントリを書き始めたきっかけです。

 

各々が「大学に行きたい!」と決断したなら、いいことだと思う。

だけど、大学に行きたい! / 就職したい! と思考が固まるまでに

「思い悩む」という過程が失われているような気がする。

もっとそれぞれが思うがままに進路を選択できないんだろうか。

 

最近、これらの疑問や悩みを解消すべく、イケハヤ氏のまだ大学進学で消耗してるの?だったり、堀江氏の全ての教育は洗脳であるあたりをkindleで購入したわけなんですが、

彼らインフルエンサーがいくら大学は行く必要ないよ!と説こうと、早稲田、東大にいたわけですから、いまいち届かない。

 

彼らの「大学は行く必要ないよ!」では、熱狂的な信者か、彼らの書籍の内容をしっかり理解できた一部の優秀な学生しか動かすことができないんですよね。

 

だって、彼らは大きく成功した少数の人間であって、それでいて学歴も持っているとなれば、事業が腐ってどうしようもなくなって就職(ありえないけど)ということもできたわけで。

 

それなら僕が、実際に高卒でどう稼いで、どんな人生を送るか、を記録していけばいいんじゃないか、ってのが今後の展望。

 

というか、このブログでもいいし、もう一つ作るならすぐにできるので、なるべく早く活動したいなぁ、と。

 

これだけじゃなくて、創造性を失わせる教育を根底から変えていくようなシステムを作りたい、って今は考えています。

 

気づきやヒントを得たテキスト / 動画

明治5年に学制が交付されて、現在に至るまで、「みんなと同じことをしなさい」っていう教育の軸は変化しなかった。富国強兵そのもののコンセプトが今尚残り続けてる。

って先ほどのホリエモンの本に書いてあってなるほどなぁって思いました。

 

それと最近見たTEDのスピーチ「学校教育は創造性を殺してしまっている」が本当に印象深くて、軽くメモしました。

 

制度全体が作りあげられた19世紀以前に、世界中どこにも公教育なんてなく教育制度は産業主義社会のニーズから生まれた

大学側のイメージだけで教育制度を作ったために、今や学校の成績だけが知性だと思われている

世界中に広がる今の学校教育が大学に入るために敷かれた長い道のりなのだ

その結果、無数の天才的で創造性溢れる人たちが、「自分は才能がない」と感じている

学校は彼らの才能を評価しないどころか、ダメだと烙印を押してしまう

 

つまりは、公教育とは人が産業の世界に入っていくためのもので、産業主義社会に不必要な才能は切り捨て、社会で富を生み出すのに便利な人間の育成をするシステムだと。

 

とにかく今の自分にヒントを与えてくれたスピーチでした。

 

悩ましいこと

多面的に活躍をしたい。

以前の僕なら、「よし、まずは何からこなそうか」と考えていたところが、

現在の僕は、「また、うつになったばかりの時の苦しさが戻って来たらどうしよう」

と考えてしまうのです。

 

何が悲しくて泣いているのかわからない、と言う経験はもうしたくないんだけれど、

うつの再発ってのは意外と簡単に訪れるみたいで、現にうつから抜けた方々の体験談が掲載された、「うつぬけ」と言う本の中でも、「気分が晴れてすぐ活動的になる人」がまたうつに戻ってしまうケースが描かれていました。

 

うつとは、一進一退を繰り返してよくなってゆく病気。

心療内科の先生にも、こう教わりました。

 

突然うつが戻ってくるリスクを考えると、ただのんびりと生きられるの稼ぎ方を追求していったほうがいいのかもしれない、というのも切実に思うんです。

 

これからどうしたらいいか、あまりビジョンが見えてきません。

 

 

大学へ進学すれば、

「自分のために使える時間は多く確保できるし、それでいて社会とつながっている安心感も得られる」

というのは、本当に羨ましいし、実際そうしたい自分もいる。

 

だけれど、自分が、周りと同じように

「とりあえず、みんなが行くし、こっちの方がきっと楽だから」

と大学へいってしまえば、同じように

「とりあえず、みんながやるし、こっちの方がきっと楽だから」

と就職してしまうだろうなぁ、と。

 

安定を求めて、持ってる選択肢から楽な道を選ぶのだけは嫌だ。 

 

もしかしたら、これらの考えは

うつ回復期に、ベッドの上で一日を過ごす自分を尻目に、「周りがみんな揃って別の場所に行ってしまう」という辛さや、焦りなのかもしれない、というのもどこかで感じていて、

いろんな感情が交差して、眠れなくて、一連の悩みが夢にも現れる日々がいやでたまらない。

はてなの先輩方、助言をください。

 

拙い文章をここまで読んでもらえて、感謝の限りです。

このエントリは簡潔に言えば、教育に対する疑問、という殻を被った、「僕の将来に対する不安」を綴ったものです。

書いている時には気づかなかったんだけれど、読み返しているうちに気づきました。

 恥ずかしい限りですが、現状のままでは猜疑心を膨らませる一方で、あまり気分が良くはありません。

 

はてなの先輩方、助言をください。

僕のこれからについて、今一度しっかり考えないといけない時が来てる。

どんな形でもいいから、この記事が多くの人に読まれて、より多くの意見が集まればいいなと思います。

 

追記:id:zetakun さんにブコメでいただいた、形容の仕方に問題があるのでは、という点。

自分としては、「学校教育が創造力を殺してしまっているせいで、思い悩んだ末に結論を出す、という機会が失われてしまった。」という問題提起で「創造力の欠如」というワードを入れさせていただいた次第です。「楽な道」については完全に主観が入ってしまっていたので反省しています。ただ、反対に「今のエネルギーのない自分が、みんなと違った選択をすることはなかなかキツいかも」という気持ちを表明するためにこのままとさせていただきます。ご承知おきください

 

参考及び引用

www.ted.com