それでもつづく!

学生雑記。楽しい文章を書きたい。

“それでもつづく!”

高校生だけど、死にたくない

 

死にたくない。

自分はまだ高校生だし、余命宣告をされたわけでもないけれど、

死ぬのが怖すぎる。

 

 

昔からそうだった。

小学生の頃、家族の死や、自身の死を想像して、眠れない夜が何度もあった。

ズキズキと胸を抉られた感覚を覚えたのち、とてつもない虚無感が待ってた。

 

死にたくない。

 

ーーー

小学生の頃から本好きで、どんな本にでも興味を示した。

その一つが、刑法各論。ポケットタイプの薄いやつだ。

 

しばらく刑法の世界にどっぷり浸かって、クラスに掲示する将来の夢を記した厚紙には

「検事」と書いていたほど。

 

 とにかく好奇心旺盛だった。

 

それで一度、裁判の見学に参加したことがある。

 

傍聴したのは詐欺罪の裁判。

当時の僕からしたら、「ヤミキン」だとか「ヘンサイギム」だとかは難しい話だったんだけれど、最後まで興味を持って参加していたと思う。

 

衝撃的だったのは、傍聴の後。

見学に同行してくださった弁護士の方と話していた時だ。

 

一般とは別の窓口での参加だったので、弁護士さんが付き添う形だったんだけれど、

当時の僕が

「これまでの刑法各論の知識をひけらかして驚かせることができるんじゃないか」

なんて考えてたら、

ああ、そういえば、と弁護士の方が、言い出したのを覚えている。

 

「この業界ではよく聞く言葉なんだけど、」

 

そしてこう続けた。

 

「『殺されたくなかったら、〇〇には恨まれるな』って言葉があるんだけど、誰かわかるかい?」

「さぁ、誰ですか?」

 

 

「家族だよ。」

 

 

 

この言葉は本当にトラウマになった。

そんな身近にいる人に殺されるケースが多いなんて。そんな身近にいる人に警戒していないと殺されるかもしれない。

殺人による死は、こんなにも近くにあったりする。

 

最近の話をしよう。

自分は、少し前にうつになった

 

それといった予兆もなく、まともに動けなくなり、眠れなくなった。

 

高校三年と言うこともあって、「治療を急ぐべきだ」と言う理由から、

青少年の診療病棟に入院する話がでた。

 

病棟を見学して、担当の方の話を聞くと、

「自傷をしてしまう患者さんもいる」

とのこと。

 

さっき病棟で見た女の子が、自傷している?

 

理解できなかった。

人間の内面の全てを、全てを他人に理解されるのは到底不可能だけれど、

さっきまで凛とした笑みを浮かべていた女の子が死に近づこうとしていることは考えられなかった。

 

命を大切にしよう!と言うのは当たり前の話なんだけど、それでもしてしまう理由があるんだろうか。

 

人間は本能的に、個体を少しでも維持して、子孫を残すための活動をするのだ、と習ったはずだけれど、

その、元来からの巨大な「システム」を、何が破壊しているのか。

 

 

もう一つ、別の話を出す。

僕がうつになって暫くの頃、小林麻央さんが亡くなった。

 

はてなのユーザー層的に、こう言う目線の意見はなかなかないと思うんだけれど、

大橋巨泉さんも、野際陽子さんも、僕らの世代からするとかなり遠い存在で、

不謹慎だけれど、訃報にあまり注目していなかったところがある。

 

そう言う意味で、小林麻央さんの訃報には、

いつもと違う、不思議な感覚を覚えた。

 

「どんな人でも、死んでしまうんだな」

 

 ーーー

街中を歩いていて、お気に入りのスニーカーでガムを踏んでしまったら

「運が悪いなぁ」

と思う。

 

毎日ガムを踏むわけじゃないし、悲しいかな、お気に入りが汚れてしまうから。

 

けれど、人に生まれた以上、致死率は100%。

存外、不運なことはないのかもしれない。

 

 死んだら、

大好きなブラックミュージックを聞くことができなければ、

 

あの名作映画を見ることもできない。

 

大切な人と何気ない会話を交わすこともできない。

 

 

ふと、自分が棺桶の中にいることを想像してみる。

 

僕の死んだ目を、虚空を眺める僕の死んだ目を、

いずれ出会う大切な人たちが覗き込んでいて、目には涙を浮かべていて…?

 

果たして僕が死んで泣く人がいるのだろうか、と思うんだけど、

考えれば考えるほど、思う。

 

 

 

死にたくないや。