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だらだらダイアリー。心を解き放て

最適化はされているものではなくて、していくものだという認識

いつも思うけれど、社会にはいつ何時も課題がある。これがこうなっているのはおかしい。こうなるべきである。イデオロギーはいつも渦巻いてる。

最適化の主張は、健全だ。今抱えている問題が見えていないと現れないから。それだけで素晴らしいことなのだけど、いつも少しだけ引っかかる点がある。引っかかって、改めて思うのは、「最適化はされているものではなくてしていくものだ」ということ。例えば、そうだな、今日はてなブックマークのトップページで拾ったこのニュース。

「公取委は何してるの?」Amazonでブラックフライデーが開催→"定価を10倍上げて値引きしたように見せかける商品"が大量投入される事態に - Togetter

みんな大好きAmazonの日本初となるBlack Friday Saleにおいて、値段のマジックがなされていると。具体的には、大幅な値引きがされているように見せるために、セール前に定価を釣り上げて、セールになった段階で◯◯%OFFの値段にする。すると自然とセールページに引っかかり、あたかもびっくり衝撃価格で販売されているかのように演出しているわけです。さらに、ネットショッピング玄人の皆さんご用達のChrome拡張「Keepa」のような価格トラッキングでそのマジックを判明させないために、新たに商品ページを用意している点において悪質である、などなど。

ブックマークコメントも合わせて読んでみると、「公正取引委員会は何してるのか」「Amazon仕事しろ」なんて意見が多く見られる。至極、真っ当な意見だと僕も思います。

ただ、ここでいつも頭に浮かぶのは、さっきの「最適化はされているものではなくてしていくものだ」という認識。こうも世の中が便利になっていると、まるで社会のすべての事象が、先人たちによって最適化され、その終着点にあるような観念を抱いてしまうことがあるんだけれど、そうではない。最適化とはその言葉通り、していく道のりを指すもので、その終わりはないのだという認識は常にあってしかるべきだと思うのです。なぜなら、未来のことはわからないから。未来では、今と環境が同じかもしれないし、違っているかもしれない。だいたいにおいて、違っているだろう。すると、今最適であるものは、形を変える必要がある。最適化されているものは、最適化していかなければならないものに、その時変わる。

そして、その環境の変化は社会の変化とともに時に大きく時に小さく揺れ動き、毎日起こる変化から、数十年に一度起こる変化など、さまざま。先ほどのAmazonの例で言ったら、詐欺まがいの業者が台頭して、あの手この手で我々の購買を促そうとしている。これは、プラットフォームにおいて、変化が起こっていると言えます。その時僕らはどう考えるか。Amazonは最も売上高があって、淘汰されずにいるから大型ECの完成形だというのもきっと違う。これからより最適にしていくすべを考えなければならないと思うのです。Amazonの話は適当に当たり障りのないよう選んでみたけれど、世の中にはそういうニュースであふれているし、きっとあなたの職場にもそういう話はある。その話において、あなたは最適化における主人公になりうるかもしれない。今の環境が、最適化されきった終着点であるという観念を取っ払って、より良い未来に向かっていけたら良いと思う。