Entrance Part2

だらだらダイアリー。心を解き放て

高校卒業できた。周りの人たちへの感謝とこの3年間の雑感

【今年最後の大セール】:Amazonサイバーマンデー最終日!!

 

f:id:kmartinis:20180303210151j:plain

花、頂きました。嬉しい

「ザッツビューティフルサーズデイだよお〜!」を松岡茉優ヴォイスで何度でも言いたい。そういう木曜、今日は卒業式でした。(投稿日はサタデーです)

 

卒業てすごいんだぞ、わかってるのか!

僕のブログを読んでくださってる方ならお分かりでしょうが、僕の卒業に関してはすごく奇跡的です。簡単に、改まって書くなら3年の途中で鬱になってしまって、不眠アンド過眠症のコンビに苦しめられ、しばらく学校に通えない期間があったから。だんだん学校に通えるようになって来た頃に、はいはいはい!と毎日のように遅刻してでも単位を取りに行ってた。きっつ〜なことたくさんだったけれど、担任のものすごく手厚いサポートだとか友達とかのありがたな応援なんかに背中を押されながら、(本当に、本当に)ギリッギリでゴールテープを切ったわけ。おそらく学年で一番、卒業に達成感を感じているんじゃないかと思います。卒業てすごいんだぞ!

で、今日通知表に記載されていた欠席日数や遅刻日数なんかを見ると、「うわーすごいなー頑張ったんだなー」なんて感慨深いものがあるわけです。そういうものを振り返りながら書く。

 

高校3年間の雑感

得たもの

とりあえずブログを始めたことでいろんな物語を知り、影響され、今の僕があるってわけでそれが一つ。それから。多分数え切れないから全てを挙げることはできないし、だからと言って3つ4つ挙げるのもなんだか難しいので一番大きくて印象深くて誇り高いものを。真理だとか本質を求めようとする意欲、です。

 

気づき

今の僕が、大切だと思うこと。自身の平穏。他者との関わり。生きる、大前提。それらの源泉を辿ると、やはりこの一年、この苦労の一年がそう思わせていると思うのです。それはこの一年、これまで、そしてこれから生きて行く上でも最も大切で、自己形成に最も影響を及ぼした期間だと思っているから。

うつの渦中にいる際、ひとり部屋で引きこもり、悩みまくったこと。思春期なんてほっといても勝手に悩むでしょうが、もっと根源的な、自分を見つめ直すことであったり、心から幸せに思えることはなんだろう?なんてことを、時間の制約なしにじっくりと考えてきた。すると色々な気づきが生まれるわけです。

ああするのがいい、こうするのは良くない。これってこういうことかシンプルじゃん!みたいな。きっとこれは有史以来、人類が絶え間なくやってきたことで、それは誰に言われるわけでもなく自ずと(生命の維持のために)行われるような仕組みが出来上がってるのだと思う。これは、“自分の中で生まれた大きな気づき”が、偉大な作品の中で謳われていたり、偉人の格言の中に組み込まれていたり、社会の常識になっていたり、という答え合わせをしてわかったこと。結局、辿り着くところは人間だいたい同じなのだ。どうやらおおよそそういうものらしい。

例えば、あーだから社会権がなくてはならないんだ!みたいに気づいた時、社会は少し違った風に見えるようになる。以前より澄んでいて、大人にはこういう風に見えてんのかねーと思った。そういうわけで、今の僕は年上はとりあえずリスペクト思考です。どれだけ優れた知性を持ってしても、齢を重ねなければ辿り着けない答えがあると思うので。

 

周りへの感謝

つらいなー死んじゃいたいなーて思うこと、やっぱりあったけどそれでも今、生きていて、幸せに思えるのは周りに支えてくれた人がいたからです。両親や担任はもちろん、「いろいろめんどうなんだよねー」みたいな話に文句言わず付き合ってくれた友人だとか、「今日は学校来てくれて嬉しい」みたいに言ってくれた子(←マジ天使)たちに一億円ほどあげたい。それからこれは発見なんですけど、満身創痍になってるときって、おはよーって声かけてもらえるだけで、退廃的な精神を穿つだけの効力があったのです、すごい! だからありがとう。

あの日、一日学校に行かなかったら、卒業できてなかった、ということがザラにあるので、思い返すと涙が出て来そう、、さんきゅーな…

 

これから

結局今の僕がやってること、これからやっていきたいこと、の本質ってなんだろうか?なんてことを考えると、生の肯定だと思うのです。自分の存在を肯定して、他者の存在を肯定して、生命を肯定する。もちろんヒトの思考はどんどん更新されていくものである、という気づきもあるのでこれが全てとは思ってない。

けれど、あくまで自然な状態で、低いところからウゴゴゴと這い上がってきた過程で生まれた答えであるから、あながち間違ってない、という確信もある。“あくまで自然な状態で”と書いたのは、誰に諭されるわけでもなく、自分で悩み考えた結果がこれだから。とは言えど、学校を休んでいる期間、多くの文学、音楽、映像作品に触れ、そこから多大な影響を受けたと自負してる。僕らの一生は案外短いものだけれど、一度きりの人生を一度きりにしないためであったり、時間軸上にウンと広がる知識をコスパよく吸収するために文学などの本が存在してる。それってものすごく緻密かつ雄大だと思うの!ぺらぺらの本を手に乗せたときに、ダイナミズムを感じるようになったのは、自分が歴史に生かされている自覚があるからで、なんとなく、自分も何かを残したいなーなんて漠然と考えております。

 

後悔

後悔といえば、青春らしい青春をしてないこと。インターネット、本、音楽、映画…文字通り入り浸った大好きなものたち。僕の青春はいつだって卓上で完結していた。部活だって途中からバックれちゃったし。

汗を流して、ドキドキして。そういうのなかったあれまー…。強いていえばヒッチハイクはすごく楽しくて、自分の若さを実感できたけれど、おっさんになった時に青臭い物語を語ることができなさそうなのはなんだか悲しいことです。そういうことを今期の個人的No.1アニメ『宇宙よりも遠い場所』を観てて思った。ドタバタキラーンシャーン!ピカピカピカ!みたいなことしたかったよ!

 

心から感謝できる人たちと

卒業が全てじゃない、わかる。けれど、僕にとっての青春の“解”は卒業という分かりやすいものでなければならなかったのです。だから、それを支えてくれた、応援してくれた、直接的でなくても間接的に励ましてくれた、そういう人たちに対して心から感謝しているし、尊敬の眼差しを持っています。かつての僕に同じことができただろうか、そうやって考えてみるとドウダロウナー?と、はっきり言えないから。僕なんかよりもはるかに成熟したヒトがたくさんいるんだと思って、感動してます。どうもありがとうございました。

 

とりあえず、卒業できました

辛く苦しい経験に、後になって希望的解釈を施すのは案外容易なのだけれど、そういうのって他人がどうこう口を出せるものじゃない。だから、今似たようなことで苦しんでる人がいるなら、“少なくとも僕は状況が好転した”ことを思い出してもらえれば嬉しい。とにかく周りの人を大切に。

 

本当に、支えてくれたり見守ってくれたり、時々LINEなんかをくれた人たち、ありがとう!もう本当にみんな幸せになってください!毎日美味しいものを食べて、それから、いい人に出会っていい恋愛とかして、すごくいい人生を送ってください!時々、「あー生きてるなー!」って思える体験をしてください!海とか見たりそういうやつ!それで長生きしてください!というかみんなはそれをできるだけの徳を詰んでると思う!本当にありがとう!いつかみんな焼肉奢らせてください!僕はこれから浪人!いやだなあ!

 

でも本当に、どうもありがとうございました。

 

f:id:kmartinis:20181111191523j:plain