Entranced

だらだらダイアリー。心を解き放て

近況

ここにはなんどもアクセスして、その度に中途半端な文量を下書きに残して去っていってしまっていた。もう2019年もとっくに折り返しているというのに、これが初めてのエントリということになってしまうのが、少し寂しいですがこんにちは。

最近の僕はなにをやっていたかというと、ふつうの生活をしていました。起きて、活動して、寝る。本を読んで、映画を観て、バイトに行ったりして、寝る。これをするのが、前よりもうんと上手くなった。でも大半は、webまわりのことに時間をかけていた気がする(それが有意義か、満たされるかは別として)。例えば、最近このドメインにアクセスしてくれた人はお分かりでしょうが、先日までJavaScriptで擬似的なリダイレクトをさせていました。というのも、一部の記事を別ドメインに移行して、別のサイトとしてやっていく決意と準備ができたのです。

映画も観る本数が一年前より明らかに増えたし、本もそう。寝る前に時間を作って、デスクの白熱灯だけをつけて、何か飲むものを用意して(缶の)、ときどき音楽を聴いたりしながら、眠気が来るまで読む。これが、楽しい。

もちろん、家にいてばかりではいられなかった。外にたくさん出たし、たくさん人と会って、会話をした。おかげで誰かと話したいなんて欲求が不意に浮かぶことは少なくなって、これが人間っぽいよねとふと思う。

 

日常でいろんなことを思う。夏になるたび、アイスだけで五大栄養素が取れないものかな、とか。冷房の効いたトイレで用を足したいとか。

日常でいろんなことを思う。そのどれもが筆を取るに足らないことだけれど、プリミティブな疑問であったり感動であったり、「世間では当たり前のように言われているが、いまこの瞬間、まさしく自分が感じ取ったもの」なんかは、辿ってきた思考の足跡として、僕は多いに残しておく価値があると思うのです。

僕の一つのくせとして、こういったものが頭に浮かぶたび、iPhoneを手にとって音声入力でベラベラと記録することがある。音声入力の精度の進歩はめざましく、はっきりいって日記レベルなら訂正が要らない。間違えていても、見返したときに類推できるレベルだ。

そうやって、iPhoneには、毎日が記録されている。こういうのが好きなのです。

 

未だに朝はムリだし、相変わらず自律神経はめちゃくちゃであると強く感じる。そのせいでつらい思いをたくさんしてきたけれど、今ではそれらがiPhoneのメモの「2019/09/06今日は身体がキツかった」の文字列で丸く収まるのだ。明日が嫌だとか、これからが不安だとか、誰かに話したり、インターネットに書き連ねてみたり、中身のない未来について、なんどもなんども考えなくてもいいのだ!

タフになったと思う。いろんな場所で関わる彼や彼女がかけてくれた言葉がそうさせていると本気で思う。いつもいっていることだけれど。

 

「2019/09/06今日は身体がキツかった」の文字列は、睡眠グラフに追加するデータとなり、これからを希望的に考えていく材料になる。やってくる手なりの未来をキャッチすることは、今の僕にとって本意ではない。状況は何も変化していないのに、なぜだか僕は前向きでいます。

p.s. 先日、最高のCDを手に入れたので、聴きまくっている!どうしても『スリープ・マシーン』が聴きくなって買ったのだけど、全曲素晴らしい…。

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